Up(細胞性粘菌の培養と観察)

野外サンプルからの細胞性粘菌の分離

細胞性粘菌は、植物が良く生えるような場所の土には非常にありふれたもので、次のようにして簡単に見つけることができる。 採集した一握りの土に水を加えてかき混ぜたときの上澄みを栄養分をあまり含まない寒天プレートに少量滴らし、別に増やしておいた餌のバクテリアをこれに加えてプレート上に拡げて、寒天培地表面の水分がちょうど無くなる程度に乾かしてから培養する。条件が良ければ3〜4日で、Polysphondylium violaceum(ムラサキカビモドキ)・P. pallidum(シロカビモドキ)・Dictyostelium mucoroides(タマホコリカビ)などの子実体が見えてくるだろう。このような大雑把なやり方でも細胞性粘菌を見つけられるが、細胞性粘菌を他の微生物から分離したり、サンプル中の細胞性粘菌の数を見積もったりするには、いくつかの工夫が必要になる。

細胞性粘菌は、落葉広葉樹林の腐葉を含むような表層土などに特に多いとされるが、畑、湿地、乾燥地などの土、さらに、動物の糞、朽木などからも見つかっている(文献1)。粘菌のいそうな場所は、バクテリアやカビ、線虫などいろいろな生き物もたくさんいると考えられるけれども、実際に土の上澄みを培養してみると分かるように、このような生物がはびこっても細胞性粘菌はそれに負けずに良く増える。しかし、細胞性粘菌を分離するには他の生物との混在をできるだけ減らす方が良く、それにはプレート上に導入される微生物の数が多くなりすぎないようにする必要がある。サンプル中の微生物の密度は前もって分からないので、サンプルを何段階かに薄めたプレートを作るのが、労力はかかるが確実な方法だろう。

細胞性粘菌の分離には、細胞性粘菌の増殖・発生には適しているが混在する他の微生物は好まない培養条件があれば都合が良い。Kenneth Raper は 1930 年代に入念な基礎研究をおこない、干し草の滲出液を含んだ弱酸性の寒天培地が細胞性粘菌の分離に適していることを見出した。それ以来、干し草の滲出液を栄養分とする寒天培地 (hay infusion agar) が分離用の培地として広く受け入れられている(文献1、2)。また、国立科学博物館の萩原博光博士は、稲藁の滲出液が同様に有効であることを確認し、これを用いて多くの新種を見つけている(文献3)。現在、これらの薄い栄養培地上で細胞性粘菌を分離するのが標準的な方法になっているが、栄養分をまったく加えない寒天培地も古くから使われている。栄養分を含まない培地は、餌のバクテリアをはじめに十分与えないといけないが、カビなどの成長が遅いという利点がある。

これらの方法の日本語による詳しい解説は文献4〜6にある。ここでは、栄養分を含まない培地を用いる手軽な方法の一例を示す。

細胞性粘菌を分離している寒天プレートの写真

人の手が触れることがまったく無いような場所からサンプルを取ったり、非常に特殊な分離条件を試すのは、普通は身の回りにいない危険なバクテリアなどの微生物を増やしてしまう可能性があるので、してはいけない。

準備


  1. 栄養培地の作り方は「細胞性粘菌の培養」を参照。
  2. 10 g 寒天抹を 500 mL の蒸留水または pH 6.0 の 20 mM リン酸バッファー (K/K2) に加えてオートクレーブし、滅菌シャーレに分注。リン酸バッファーを含む寒天の方が他の微生物の増殖が少なく、粘菌の分離の効率が良いように思われる。
  3. ガーゼを入れた容器は緩く蓋をし、少量の蒸留水を入れてオートクレーブする。少量のサンプルには、滅菌済みの篩(Cell Strainer など)も利用できる。場合によっては瀘過を省略しても良い。
  4. 器具や溶液を滅菌することで、カビなどの混入を減らすだけでなく、増えてきた細胞性粘菌が、すでに飼っていたものなどが混入したのではなく、本当に採集したものであることが保証される。ポリ袋は、新品でまだ拡げていなければまず問題は無い。丁寧にしたければ、滅菌した容器を用意する。サンプルが少量の場合、滅菌済みの 50 ml プラスチック製遠心管があればビーカーの代わりになる。

分離の方法

  1. サンプルをポリ袋などに入れて実験室に持ち帰る(a)
  2. 餌のバクテリアを増やしておく(b)
  3. 5 - 10 g 程度のサンプルをビーカーなどに取って秤量し、見掛けの体積で等量から数倍くらいの水を加えて良く撹拌する。加えた水の量を記録する(c)
  4. これを2重または4重に畳んだガーゼで瀘過し、状況に応じて濾液の一部を段階希釈する(3 倍、10 倍、など)。サンプルの性状や目的によっては瀘過を省略できる。
  5. これらを 0.2 mL ずつ分離用寒天プレートに滴下する。
  6. バクテリアを少量の滅菌水に加えて良く撹拌し、0.2 mL ほどをそれぞれの分離用寒天プレートの上のサンプル濾液に加えてスプレッダー拡げる。
  7. 寒天表面に余分の水分が浮いている場合は、クリーンベンチでしばらく風を当てるなどして水が流れない程度まで乾かす(d)
  8. プレートを 20 - 25 C で培養する。
  9. 細胞性粘菌の子実体ができてきたらプレートの裏の対応する位置ににマークし、新しくバクテリアを拡げた寒天培地に滅菌した白金耳または爪楊枝を使って植え継ぐ(e)
  10. 分離プレートは、数日間にわたって少なくとも2日に1回は観察し、新しい粘菌のコロニーがあればプレートの裏にマークする。それが前に植継いだものと別の種類である可能性があれば、新しくバクテリアを拡げた寒天培地に植継ぐ(d)
  11. データ取りと植継ぎの終わった分離プレートは、オートクレーブ処理して廃棄する。


細胞性粘菌の見分け方

サンプルを拡げたプレートの底から、作動距離の長い対物レンズ(10 倍くらい)を用いて位相差顕微鏡で観察すると、日を追って様々な微生物が増えてくるのを見ることができる。餌として加えたもの以外のバクテリア、カビの菌糸、ゾウリムシのような原生動物、線虫などに混じって、アメーバ状の細胞が密集しているところが見つかるだろう。このようなアメーバは細胞性粘菌とは限らないが、集合の流れができてくると細胞性粘菌だと確信できる。しかし細胞性粘菌でも条件が適当でないと、増殖はしても集合できないこともあるので、集合しないからといって細胞性粘菌ではないとは限らない。

カビの中には細胞性粘菌の子実体と一見まぎらわしい子実体を作るものもある。カビの場合、子実体の根元を良く見ると、菌糸が地下茎のように寒天培地の中に続いていることで区別できる。繊毛虫も、寒天の表面の薄い水の層に閉じ込められているときは動きが遅く、あまり形を変えないアメーバのように見えることもあるが、水に入れてやると俄然勢い良く泳ぎ出すのですぐにわかる。

細胞性粘菌の分け方

サンプルを薄めても他の微生物と混ざるのは避けがたく、特に成長の速い糸状菌と分けるのに苦労することがある。菌糸だけの時はアメーバ状の細胞が水で流れることを利用して分けられることもあるが、分生子を作りはじめるとこの方法は使えない。実体顕微鏡で見ながら、培地面やカビなどに触れないようにして子実体の胞子塊だけを爪楊枝などで取って、バクテリアを拡げた新しいプレートに植継ぐのが一番確実な方法だと思われる。植え継ぎを何回か繰り返さないときれいに分離できないこともある。

引用文献

  1. Raper, K. B. (1984). "The Dictyostelids." Chapter 2. Princeton University Press, Princeton, N.J.
  2. Cavender, J. C. (1965). The Acrasieae in nature. I. Isolation. Amer. J. Bot. 52, 294-296.
  3. Hagiwara, H. (1989). "The Taxonomic Study of Japanese Dictyostelid Cellular Slime Molds." National Science Museum, Tokyo.
  4. 山田卓三・柳沢嘉一郎・篠遠喜人 (1969)."日本産細胞性粘菌の実験と観察 II",採集と飼育 31巻,366-371.
  5. 山田卓三 (1972)."細胞性粘菌の系統と発生",遺伝 26巻,9-16.
  6. 前田靖男・雨貝愛子 (2000). "土壌からの細胞性粘菌の分離" 「モデル生物:細胞性粘菌」 前田靖男(編) アイピーシー. pp. 366-369.

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